ひと駅ごとの小さな旅

龍安寺駅

「余白の街」自分の気持ちをうつす場所

龍安寺駅

昔から、歴史の授業が苦手だった。
日本史も、世界史も、おもしろいとか得意だとか思ったことがあまりない。

歴史上の人物の名前を暗記することはできるが、テスト用紙に書き付けると同時に忘れてしまう。
いつ、誰が、どこで、何をしたか。
教科書を読んでいても授業を聞いていても、頭ではわかるのだが身体に馴染まず、なかば消化されないまま、知識はわたしの身体を通りすぎていった。

今思えば、接点を見出すことができなかったのだろうと思う。
ひとりの女子学生であったわたしにとっては、友達とのいざこざや、好きな子の動向、部活での練習やお昼ご飯のメニューをどうするか、といったことのほうがよっぽど重要で、「今」で手一杯なのに「昔」にまでかまっていられない、という感じだったのだと思う。

自分と「昔」の間に、接点や共通点などないと思っていた。
自分は、大きな歴史という流れの中のある一点に立っているのだということを、あの頃のわたしは思いつきもしなかった。

そんなことを、龍安寺駅に降り立って考えた。
駅の壁には、龍安寺の石庭の写真が貼り付けてある。
「この写真、教科書で見たことがある」と思った。

だけどその石が何を意味しているのか、わたしにはまったくわからないのだった。

龍安寺駅

龍安寺駅

龍安寺駅は、北野線の始点である北野白梅町駅から二駅目のところにある。
電車を降りるとすぐ、「龍安寺参道商店街」という名前の商店街が伸びていて、和菓子屋さんや定食屋さん、たこ焼き屋さんなどが並んでいて、そこを突っ切ると龍安寺に着く。

お正月明けてすぐの平日だからか、観光客も修学旅行生もほとんど歩いていない。
寒さに首を縮めながら、商店街の道を進んでいく。

このあいだ、あるダンサーの方を取材したことがあった。
彼女は振付やモデルもやっていて、つまり身体を使って表現をする方なのだが、彼女が昔ある舞踏を見て衝撃を受けたという話をしてくれた。
そのときの感想として、
「なんだかわからないけれど、ただただきれいで泣けてくる。龍安寺の石庭みたいに」
ということをおっしゃっていた。

龍安寺に行ったことのなかったわたしは、その言葉を聞いて「見てみたいな」と思った。
舞踏にたとえられる石庭も、石庭にたとえられる舞踏も、両方見てみたい、と。

龍安寺駅

龍安寺

商店街を抜けると、静かな道に出る。
案内板に沿って歩いていくと、龍安寺の入り口が見えた。

山門を入ってから大きな池のふちを歩いていき、奥へと向かうと庫裏に着く。

入り口でパンフレットをもらい、龍安寺の歴史について読む。
龍安寺は宝徳2年(1450)、細川勝元が妙心寺の義天玄承を開山として創建。
石庭は1500年ごろに作られたそうだが、誰がどのような意図で作ったのかは、まだ明らかになっていないのだという。

パンフレットには、
「極端なまでに象徴化されたこの石庭の意味は謎に包まれており、見る人の自由な解釈に委ねられています」
と書いてあった。

下足場にいたフランス人の男の子が、早く行きたいのに靴を脱ぐのに手こずって、泣きそうな声を出している。お父さんが手伝ってくれて無事脱ぐことができ、駆け出しそうになるのを捕まえられていた。
その家族のあとをついていき、庫裏の中を進んでいく。
するとほどなくして、目の前がぱっと広がって、石庭が見えた。

龍安寺駅

石庭は、しんとしていた。
正確に言えば観光客のさまざまな言語であたりはざわついているのだが、まるで音を吸い込むかのように、石庭の中はしんとしている。

「龍安寺の石庭には石が15個あるが、どこから見ても14個しか見えない」
という話を、以前どこかで聞いたことがあった。
それをふと思い出し、指をさしながら大きいの、小さいの、注意深く数えてみる。

1、2、3、4、5……14個。
本当に、14個しかない。

わたしは縁側をカニのように横歩きしながら、石の影に隠れた石があるのではないかと探した。
すると、あった。さっき隠れていた石だ。
その場所でもう一度数えてみる。だけどそこでもやはり、14個しかない。

15個すべて見える場所をさがして、わたしはうろうろと縁側を歩き続けた。

龍安寺駅

縁側のはしに、さきほど下足場で一緒になったフランス人の親子が腰かけていた。
お父さんが指をさしながら、男の子に何か説明している。男の子はうなずいたり、首を傾げたりしながらも、お父さんの言葉に耳を傾け、じっと石庭を見守っていた。

その様子を見ながら、こんなふうにうろうろするのではなく、静かに見るものなのかもしれないな、と反省した。

そして「これが最後」と心の中で言い訳しながら、もう一度石を数えてみた。

「あっ」

思わず声が出た。
フランス人の親子がちらっとこちらを振り向く。
15個見える地点は、彼らの斜め後ろにあったのだった。

龍安寺駅

その場所でしばし考える。
この石庭の持つ意味とはなんなのだろう。
これを作った人は、何を思ってこれを作ったのだろう、と。

誰もわかっていないのに自分にわかるわけがない、と思うと同時に、誰もわかっていないのだから自分も考えてみよう、となんだかわくわくしてきた。
もしかしたらそれが、石庭の謎の答えかもしれない。
間違っているとか正しいとか、誰にもわからないのだから。

そんなことを想像していくうちに、少しずつこの場所と自分の接点が増えていくような気がした。
この庭が、自分の気持ちをうつしていくような。

「なんだかわからないけれど、ただただきれいで泣けてくる。龍安寺の石庭みたいに」
ダンサーの方の言葉を思い出す。
なんだかわからないというのは、こんなに自由で近しいものなんだなと思う。
答えがないからこそ、自分をうつしだす鏡になる。

わたしには、この石庭は雲海と山に見えた。
それを天から見下ろしているような。
まるで死後の世界のような。

龍安寺駅

石庭をあとにし、縁側を渡っていくと、外につくばいがあった。
銭型のつくばいの四方には、それぞれ漢字の一部が書かれていて、真ん中の「口」という文字と合わせると、「吾唯足知(われただたるをしる)」となる。

ふと顔を上げると、横にさきほどの男の子がいて、同じようにつくばいを覗き込んでいた。
目が合ったので笑いかけると、男の子ははにかむように笑って、お父さんのわき腹に自分の顔を突っ込んだ。

その様子を眺めていたらなぜかふと、
「答えはすでに、自分の中にあるのかもしれないな」
と思った。

もしかしたら、歴史の勉強ってそういうものなのかもしれない。
昔のことを学ぶということは、自分の外のことを学ぶのではなく、自分の中のことを学ぶということなのかもしれない。

石庭の謎の答えを、自分の中に追い求めたように。

龍安寺駅

笑福亭

龍安寺参道商店街に戻り、うどん屋さんに入る。小説家・井上靖さんの行きつけであったお店らしい。壁には井上靖さんの文字で「養之春如」と書かれてあった。何事も育てるには、春のように暖かくゆっくりと、という意味であるらしい。

こちらのうどんは、「もみ、ねり、のべ、きり」の4工程すべて手作業であるとメニューの裏側に書かれてあった。
井上靖さんが好きだったという、熱々のきつねうどんを食べる。

龍安寺駅

たつどう

商店街をうろついていたら、スマートフォンの充電がいきなり切れてしまい困り果ててしまった。外から店内を覗き込むと、店員さんの笑顔がとても優しそうだったので、思い切って入ってみて、電源を貸してほしいとお願いする。店員さんは笑顔のとおり、優しく快諾してくれた。
充電をしながらお菓子つきのお抹茶を飲む。抹茶はすべて店内で粉を点てているらしく、やわらかな口当たりでおいしい。
「たつどう」という名前は、龍安寺参道商店街のコンセプト「厄除け 開運 龍の道」に由来しているらしい。

龍安寺駅

京菓子 笹屋昌園

帰り道、龍安寺駅のすぐ近くになる和菓子屋さんで、わらび餅をお土産に買う。こちらのわらび餅は、箱の中にまるで寒天のように敷き詰められていて、スプーンですくって食べるのだという。帰ってから息子たちと食べたのだが、「いままで食べたわらびもちとちがう」と言っていた。わたしもまったく同意見だった。

龍安寺駅

再び、龍安寺駅

冷たい1月の風が吹くなか、電車が来るのを待つ。
壁にはやはり龍安寺の石庭の写真が貼られていたが、行きに見たときの気持ちとかなり変わっているのがわかった。

「あれは、雲海と山」

それが答えなのかどうかはわからない。間違っているかもしれないし、もしかしたら合っているかもしれない。

だけど、自分の中にある風景が、石庭によってこんなふうに浮かび上がるだなんて思ってもみなかった。そのことがなんだか嬉しく、歴史を学ぶとはもしかしたらこういうことなのではないかとも思った。

歳をとり、また違う日にあの石庭を見たら、また違う風景が浮かび上がるのだろうか。

土門 蘭(どもん らん)

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。
インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。
共著に『100年後あなたもわたしもいない日に』(文鳥社※刊)。

「※社は旧漢字」

Information

龍安寺

龍安寺

住所:京都市右京区龍安寺御陵下町13
拝観時間:3/1-11/30 8:00-17:00、12/1-2/末 8:30-16:30
ホームページ:http://www.ryoanji.jp/smph/

TEL:075-463-2216

笑福亭

笑福亭

現在一時休業中

住所:京都府京都市右京区谷口垣ノ内町8
営業時間:11:00〜18:00
定休日:水曜日
ホームページ:食べログhttps://tabelog.com/kyoto/A2601/A260402/26003957/

TEL:075-461-4852

たつどう

たつどう

住所:京都市右京区龍安寺五反田町19
営業時間:10:00- 17:00
定休日:火曜日
ホームページ:http://tatsu-do.com/

TEL:075-203-9685

京菓子 笹屋昌園

京菓子 笹屋昌園

住所:京都市 右京区谷口園町 3-11
営業時間:10:00-18:00
定休日:火曜日
ホームページ:http://sasayasyoen.jp/

TEL:075-461-0338

map