ひと駅ごとの小さな旅

帷子ノ辻

「映画の街」太秦の空気が色濃く残る場所

帷子ノ辻

「帷子ノ辻」という名のふたつの由来

初めて帷子ノ辻駅に降りた。
この日は朝から雨が降っていた。

読めない漢字の駅名を見ると、ぞくぞくするのはなぜだろう。
その駅は、ただ連綿とつながる土地の区切りとしてあるのではなく、まったくの異郷の地への入り口として存在しているように思う。
駅名をぼんやり眺めていると、少し恐ろしいような、自分の足で切り拓いてみたくてうずうずするような、そういう気持ちになる。

「帷子ノ辻」は「かたびらのつじ」と読むのだという。
「かたびら」とは、生糸や麻で仕立てたひとえの着物のことを言うのだそうだ。

嵯峨天皇の皇后・檀林皇后が亡くなったときに、彼女の棺に帷子がかけられていた。その棺を運んでいたら、風に吹かれた帷子が舞い飛んでいった。その辻がこの場所であったので、「帷子ノ辻」と呼ばれるようになったそうだ。

帷子ノ辻

なるほど、と思っていたら、もう一説あることを知った。
わたしはその説のほうに、強く心を惹かれた。

檀林皇后は仏教を篤く信仰していた。
彼女は非常に美しく、その美貌はお坊さんも心を動かすほど。
数多くの人から言い寄られながらも、彼女自身はそのことに憂慮していたらしい。
彼女は、自分の容貌も時とともに移り変わる、つまりこの世のものはすべて「諸行無常」である、ということを示すためにも、死を目前としたときにこのような遺言を遺した。
「自分の亡骸は埋葬せずにどこかの辻に打ち棄てるように」

その通りにされた結果、亡骸は野犬やカラスなどに食われて、どんどん腐り落ちていったという。
そのときの死装束が帷子であったこと、打ち棄てられたのがこの辻であったことから、ここは「帷子ノ辻」と呼ばれるようになった、という説だ(*註)。

すごい話だなと思うと同時に、檀林皇后の女としての強さについて考える。
美しさを失うことを受け入れ、さらに自分の死後、亡骸をもって人々にそのことを指し示す。
「この世は諸行無常であり、執着したり欲に溺れたりするのはばかばかしいことなのよ」
と、彼女は言いたかったのかもしれない。

帷子ノ辻

もしこれが本当にあった話なら、その、かなりショッキングであろう光景を目の当たりにした人々はどんなことを思ったのだろう。
「ああ、あんなに美しかった人も、このように変わり果てるのだな」
その事実は、人々にどんな感情を湧き起こさせるのだろう。

諦め? 恐怖? 虚しさ?
それとも、安堵だろうか。

そんなことを、南改札を出てすぐの「帷子ノ辻」と書かれた交差点で思う。
交差点から伸びるひとつの道は、大映通り商店街につながっていた。

帷子ノ辻

大映通り商店街

たい焼き屋、喫茶店、パン屋、花屋、本屋……。
様々な個人商店が立ち並ぶ大映商店街を歩いていくと、ほどなくしてスーパーマーケットの前に大魔神の像が建っているのが見えた。

この地域は映画の撮影所があることから「映画の街」と呼ばれている。
『大魔神』 3部作も、かつてこの地にあった大映京都撮影所で撮影されたらしい。

まるで長くこの商店街を守ってきた守護神のようにこわい顔をしているが、彼はつい5年前 にこの地に建てられたとのこと。
その下を、傘をさした住民の方が何食わぬ顔で通り過ぎる。大魔神は12月にはサンタクロースにもなるのだそうだ。

たぬき堂

たぬき堂

大魔神の前を通り過ぎたあとに目にした書店。名前がかわいかったので思わず入ってしまった。もうすぐ誕生日を迎える次男へのプレゼント用に車の絵本を買ったら、かわいいたぬきの描かれた黄色い包装紙と青いリボンで丁寧に包んでくれた。

ベルツ

ベルツ

映画関係者がよく訪れるというパン屋さん。入ってみると、フルーツのデニッシュの種類が豊富でどれにするか迷う。洋ナシのデニッシュとオレンジのパンを購入(持ち帰って自宅で食べたがとてもおいしかった。京都にはおいしいパン屋さんが本当に多い)。

三吉みたらし

三吉みたらし

開いている日のほうが珍しいと言われている、みたらし団子屋さん。開いてたらいいな、と思いつつ覗いてみたら、やっぱり開いていなかった。味は、黒蜜きなこという噂。

キネマキッチン

キネマ・キッチン

着いた時にはすでに昼時でお腹が空いていた。

どこかで昼食をと思いながら商店街の中を歩いていると、「キネマ・キッチン」というまさに映画の街らしい名のごはん屋さんを見つけたのでそこに入る。
入り口近くの本棚にはキネマ旬報のバックナンバーがずらりと並び、映画の資料や古いチラシが保管されていた。
席につき、日替わりのチキン南蛮、それからおばんざいバイキングがついたランチセットを注文する。

壁には映画のポスターが貼られ、市川雷蔵や勝新太郎、三船敏郎などが強い眼光でこちらを見ている。
じっとそれを眺めていたら、「この眼光も役者の作品なのだよな」とふと思った。この眼、表情、姿勢、動き、それらすべてが、彼らによって作り出されたものなのだよな、と。

キネマキッチン

役者というのは、役の命を生きるのが仕事だ。
ということは、役者は一気に2個分の命を燃やしているのではないだろうか。
『座頭市』には、座頭市と勝新太郎のふたり分の命が宿っている。だからこんなに存在感が強く、強烈なインパクトを残す。時を経ても色あせないほどの。

そんなことを考えていたらお腹がますます減ってきた。多分、役者の彼らにあてられたのだろう。届けられたチキン南蛮を頬張る。

食べていたら、ふたりの女性が入ってきて隣の席についた。
「やっぱりあの衣装は着方を教わるべきでしたね」
ひとりの女性が話して、もうひとりがうなずく。
「初日に来てくれたあの髪の長いエキストラさん、声をかけておきました」
「よかった。だけど今週はずっと雨みたいですね。なかなかうまくいかないな」
見てください、とひとりの女性がスマートフォンの画面を見せた。週間天気予報を見せられたらしいもうひとりの女性は、諦めたように笑った。

わたしが食べ終わるころに、彼女たちのもとにもチキン南蛮定食が届いた。
彼女たちは食べることに集中し、何も話さなくなってしまった。

ものをつくるのは、腹が減るものだよなと思う。
会計を済ませ外に出ると、ますます雨が強まっていた。
彼女たちは一体どんな映画を作っているのだろう?
撮影がうまくいくことを願う。

三吉稲荷神社

三吉稲荷神社

キネマ・キッチンからほど近く、商店街から住宅地へと続く道の角にある小さな神社。中には映画監督・牧野省三さんの石碑が建てられている。由来を読もうと看板を見たら、先日の台風のせいなのか、半分なくなっていて読めなかった。

金獅子像とオスカー像

金獅子像とオスカー像

神社から住宅地の方へと歩いていくと、太秦中学校が見えてくる。校門横には金獅子像とオスカー像のレプリカが飾られ、手前のフェンスには英語クラブの生徒によるものと思われる手書きの説明ポスターが貼られていた。

住民に愛され守られ続ける蛇塚古墳

蛇塚古墳

大映通り商店街から南へ少し歩くと、すぐに静かな住宅地になる。

この住宅地のなかに古墳があるらしい。
名前は蛇塚古墳といって、かつて太秦の地を拓いた渡来人・秦氏一族の首長の墓ではないかと言われているそうだ。

あまりにも静かに家々が続くので、本当にこんな場所にあるのだろうか......と思っていたら、突然目の前に大きな岩の重なりが現れた。蛇塚古墳だった。
古墳をぐるりと囲むように、家が建ち並んでいる。
玄関はすべて蛇塚古墳に向けられ、そのうちのいくつかには「蛇塚古墳保存会」と書かれたプレートが飾られていた。

それを見ながら、まるで住民が共同で育てている小さな山のようだなと思う。
古墳から感じる明るさや清々しさは、お墓であるはずなのにそれが現在もなお生き続けているような気がするからかもしれない。

蛇塚古墳の周りを2周し、見上げる。青々とした中に彼岸花が鮮やかに咲き、雨に濡れてきれいだった。

亀屋珈琲店

亀屋珈琲店

蛇塚古墳から松竹撮影所の横を通り過ぎ北へ向かうと、10分ほどで大映通り商店街の入り口にたどり着いた。帰る前に、駅前にある亀屋珈琲店に一休みする。朗らかな笑顔のマスターに珈琲を注文し、窓から雨の中の帷子ノ辻の景色をぼんやり眺める。

帷子ノ辻駅

帷子ノ辻駅

駅に戻ると、ずいぶんと広い構内であることに改めて気がついた。この駅は、嵐山本線と北野線が接続する乗り継ぎ駅になっている。そのため駅自体が広々としていて風通しが良い。雨を吹き込ませる風を顔に受けながら、ふたたびこの駅名の由来について考える。檀林皇后の帷子は、どんなふうに空に舞ったのだろう。

(*註)
歴史書などには、橘嘉智子(檀林皇后)は「深谷山に葬られた」とあり、おそらくはこちらが正史である。
しかし、死体が朽ちていく様子を描き無常観を表す九相図に、美女である小野小町や檀林皇后を画題とすることが多く、現存する「檀林皇后九相観」(所蔵:桂光山西福寺、京都市)など、江戸時代後期の戯作者(俳人)、桃山人(桃花園三千麿)により帷子ノ辻の逸話が創作されたと思われる。

参考資料:
『国史大辞典』(吉川弘文館)
『九相図資料集成 死体の美術と文学』山本聡美・西山美香編(岩田書院)
『桃山人夜話 ~絵本百物語~』竹原春泉著(角川ソフィア文庫)

土門 蘭(どもん らん)

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。
インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。
共著に『100年後あなたもわたしもいない日に』(文鳥社※刊)。

「※社は旧漢字」

Information

ベルツ

ベルツ

住所:京都市右京区太秦堀ヶ内町31-2
営業時間:7:00~19:00(L.O.18:30)
     日曜営業
定休日:なし

tel:075-882-1986

キネマキッチン

キネマ・キッチン

住所:京都市右京区太秦多藪町43うずキネマ館1F
営業時間:月曜~土曜:11:00〜21:00
     日曜・祝日:11:00〜14:00
定休日:定休日なし(盆正月休みあり)

tel:075-871-6556

亀屋珈琲店

亀屋珈琲店

住所:京都市右京区太秦堀ヶ内町20
営業時間:8:00〜17:00
定休日:日曜日

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