ひと駅ごとの小さな旅

蚕ノ社

「鳥居の街」日常の中に非日常がある場所

蚕ノ社

蚕ノ社駅は、無人駅だ。
だから電車の中で運賃を支払ってから降りなくてはいけないのだけど、いつもの癖でそのまま降りようとしてしまい、運転士さんに呼び止められて慌てて財布を出した。

こういうとき、「見知らぬ街だな」と思う。
初めての街にはわたしの体の通ったあとがないので、ちょっとしたことですぐに引っかかる。
運賃の支払い方、駅を降りてから進む方向。疲れたら休める場所はあるだろうか、道に迷ったら教えてくれる優しい人はいるだろうか、この信号はなんだかずっと点滅しているけれど渡ってもいいのかしら……。
そのいちいちは、「見知らぬ街」をからだごと突き進んでいってみないとわからない。

そうして突き進むうち、自分の歩いたあとが街についていく。
同時に、自分にも街のあとがついていく。

そのひっかかりは初めてのときにしか感じ取れない。

蚕ノ社

降り立った蚕ノ社駅は、住宅街に囲まれた小さな駅だった。道路と地続きになっていて、スロープを下ると車がすぐ近くを通っていく。
わたしはあたりを見渡し、どちらに行くべきか考える。
キョロキョロしていると、北へ伸びる道に、石でできた大きな鳥居が立っているのを見つけた。まるで吸い寄せられるように、そちらのほうへ自然と足が向く。

車の通りが激しい大通りを横切って、鳥居の足元にたどり着く。
見上げると、額には「蚕養神社」と書かれていた。

蚕ノ社

この鳥居から10分ほど歩いたところに、木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)という神社があるらしい。
近くに住む人々は、この神社のことを木嶋神社とか蚕ノ社と呼んでいて、駅名はそこからつけられたようだ。

鳥居をくぐり抜け、まっすぐな道を歩いていく。
両端には住宅や喫茶店などの個人商店が立ち並んでいるが、平日の真昼間だからか、人通りが少なくて静かだ。

道の反対側を、この街に住んでいるのであろう女性が、慣れた顔で歩いていく。

蚕ノ社

木嶋坐天照御魂神社

ずっと歩いていくと、急に空気が変わったのがわかった。
少し温度が下がったような、目の前の風景の輪郭がはっきりしたような。多分それは「清々しい」という感覚なのだろうと思う。
この近くに神社があるのだろうか、と思ってあたりを見渡すと、左手にやっぱりあった。

緑が鬱蒼と茂っており、今度は木でできた鳥居が立っている。
中には誰もいなくて、隣にある保育園にもお昼寝の時間なのか子供の姿が見えない。
鳥居の前を自転車で住民の方が通りすぎていくと、またしんとした。

わたしは鳥居の下に歩み寄り、両手をからだの脇に伸ばし、一礼をする。
そして、胸をドキドキさせながら、木嶋神社の中へと入っていった。

蚕ノ社

中に入るとすぐ、木嶋神社の由来が書かれてある看板があったので、じっくりと立ち読んだ。

「この神社は、通称「木嶋神社」又は「蚕ノ社」と呼ばれる延喜式内社で、天御中主命・大国魂神・穂々出見命・鵜茅茸不合命を祀っている。
『続日本紀』大宝元年(701)4月3日の条に、神社名が記載されていることから、それ以前に祭祀されていたことがわかる古社である」……

つまり、ものすごく古い神社なのだそうだ。
また、このあたり嵯峨野一帯に勢力を伸ばし、製陶・養蚕・機織などの技術を広めた渡来人の秦氏とゆかりが深いことから、本殿の東側にある「蚕養神社」には織物の祖神がまつられているということが書かれていた。

手水場で手を洗い、中を歩いていく。
街の真ん中にあるとは思えないほど緑が多く、本当に静かで、自分の足音が耳にやたら大きく聞こえた。

蚕ノ社

参道を歩いていると、左手にそれる小道があった。その入り口に、またひとつ鳥居がある。一度本殿を参拝してから、その鳥居のもとに戻って覗き見る。

奥は樹々に包まれ薄暗かったが、鳥居があるということは通り抜けてもよいということなのだろうと思い、おそるおそる中へと入って行った。

蚕ノ社

数段の階段を降りると、竹でできた柵が張られていて、もうそれ以上奥には進めないようになっていた。 目をこらすと、奥には鬱蒼とした緑の中、三柱鳥居が立っているのが見える。

蚕ノ社

三本柱の鳥居は全国でここでしか見られないのだそうだ。

中央には石が積まれ、紙垂がさげられている。そこは宇宙の中心を表していて、四方から参拝できるように建てられたのだと、看板には書かれてあった。

パワースポットとしても有名だということをインターネットで見て知ったが、わたしには写真を撮るのも少しおそろしいほどで、力をもらうというよりも、その力に圧倒されるような気持ちだった。「撮らせていただいてありがとうございました」と、その場を去るときに心の中でつぶやき、逃げるように去る。

だけど「力がある」ということは、多分そういうことなのだろう。
人を励ますのも人をおそれさせるのも実は同じ「力」であって、受け取り手がその「力」を自分を温めるものだと思うか、自分を焼き尽くすものだと思うか、その違いだけのような気もする。

多分、ひとりぼっちで一身にこの場所の「力」を受けているからだ。
自分が気圧されている理由をそう言い聞かせながら、来た道をそそくさと帰っていく。

蚕ノ社

すると、さらに鳥居がもうひとつあった。
来るときには気づかなかったが、入り口から入って左手のほうにもうひとつ社があったのだ。
地図には「末社」とだけ書かれてあって、そこが何なのかわからない。
小さな祠がいくつかあるようで、最後にそこに寄ることにした。

蚕ノ社

いくつかの祠の中に、ひとつだけ洞窟のようになっているものがあった。
中に入れるようになっているが、背を曲げて入らないと頭をぶつけてしまいそうなほどの高さ。
その穴の中には鐘と賽銭箱、そして両隣にはお稲荷さんが座っていて、こちらを向いている。

蚕ノ社

入ってお参りをしようとしたが、どうしても体が言うことを聞かなかった。
足を踏み入れようとするが、その一歩を前に出すことができない。何度か試みたが、結局中には入れなかった。

わたしは、この場所をものすごくこわがっていたのである。
自分のことをこわがりだなと笑いたくなったが、その反応はしかたがないように思えた。
そう言えば、小さい頃は神社がこわかった。
自分の想像を超えたものがそこにいるような気がして。

大人になってまで「こわい」なんて言っていたら神様に怒られるだろうかとさらにこわがりながら、外から両手を合わせてお祈りした。
「中に入れなくてすみません。写真を撮らせていただいてありがとうございます」 そう心の中でつぶやくのを忘れなかった。

蚕ノ社

神社を出る前におみくじを引いた。おみくじは自動販売機になっていて、スイッチを押すと軽快な音と同時におみくじが出た。開くと末吉で、こんな言葉が書かれてあった。

「言葉の怒をまもれ。言葉を制御せよ。言葉の悪行をすてて言葉の如行(善行)をおさめよ」

おみくじを結びつけ、境内をあとにする。

佐野屋総本店

佐野屋総本店

木嶋神社を左に出て歩いていくと、また車の走る通りに出た。
その脇には「佐野屋総本店」という精肉店があって、ガラス扉には「コロッケ60円」「ミンチカツ 100円」という札が貼ってある。

中に入ってコロッケを頼むと、すぐに揚げ始めてくれた。揚げ終わるまでに数分かかるようだったので、
「さきほど木嶋神社に初めて行ったのですが、すごいところですね」
と店長とおぼしき男性に話しかけてみる。

「ああ、木嶋神社。珍しいみたいやね、あそこの鳥居は。近くに住んでるとようわからへんけどね」

店を出て、歩きながら油じみた紙を開け、熱々のコロッケを一口食べる。
さくさくの衣の中に、肉の旨味が詰まっていてとてもおいしかった。

コーヒーショップヨシダ

コーヒーショップヨシダ

駅へと来た道を戻っていく。
鳥居の手前に喫茶店があったので、最後にそこで一休みしていくことにした。

地元の方だろうか、男性がふたり席に座っていて、たばこを吸ってコーヒーを飲みながら話し込んでいる。
ホットコーヒーを頼み壁に目をやると、そこにはコーヒーチケットのつづりが貼られ、お客さんの名前が書かれていた。

それを見ながら、「すごい場所だったなぁ」と木嶋神社のことを思う。
このコーヒーチケットに書かれている名前の人たち、「近くに住んでいる」人たちは、こわがらずにあの洞窟の中に入るのだろうか?

注文したホットコーヒーを飲むとほっとした。
テレビでは、お昼のワイドショーが流れていた。

蚕ノ社駅

蚕ノ社駅

駅に戻って四条大宮行きのホームに立ち、嵐電を待ちながら、
「すごい場所だったなぁ」
と、また思う。

わたしはきっとショックを受けたのだ。
「見知らぬ街」にからだごと突き進んでいった結果、見事にひっかかって大きなあとが残った。
だけど、「すごい場所だったなぁ」と思い返すたび、そのひっかかりのあとがゆるやかに自分の肌に馴染んでいっていることも感じる。

もう一度あの場所を訪れたら、今度は中に入ってお参りできるだろうか?

「見知らぬ街」が「知っている街」に少しずつ変わっていくこの時間、自分が徐々に耕され、柔らかく強くなっていくように思う。

街をわたしが歩くとき、街もまたわたしを歩いているのかもしれない。

土門 蘭(どもん らん)

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。
インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。
共著に『100年後あなたもわたしもいない日に』(文鳥社※刊)。

「※社は旧漢字」

Information

木嶋坐天照御魂神社

木嶋坐天照御魂神社

住所:京都市右京区太秦森ケ東町50
拝観料:自由拝観
休日:特になし

TEL:075-861-2074

佐野屋総本店

佐野屋総本店

住所:京都市右京区太秦森ヶ西町3
営業時間:9:00~18:30
定休日:日曜
ホームページ:http://www.sanoyasouhonten.com/

TEL:075-861-1403

コーヒーショップヨシダ

コーヒーショップヨシダ

住所:京都市右京区太秦森ケ前町13-24
営業時間:9:00〜18:00
定休日:日曜日

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