ひと駅ごとの小さな旅

北野白梅町駅

「学びの街」故きを温ねて新しきを知る場所 

北野白梅町駅

「今日、このあと北野白梅町駅に取材に行くんですよ」
午前中、税理士さんと打ち合わせをしているときにそう言ったら、税理士さんが
「北野白梅町!」
と、なんだか嬉しそうに言う。

「よく行かれるんですか?」
不思議に思いそう聞いたら、
「僕、北野白梅町にある高校に通っていたんですよ」
と言われ、なるほど、と思った。

「おすすめのお店とかあります?」
もしあるならそちらも行ってみようかと思い尋ねると、税理士さんは「うーん」とうなって、
「高校生だったので、食べ放題の焼肉のチェーン店くらいしか……」
と苦笑いした。

「そうですよね。あの頃は、そういうお店しか目に入らなかったですよね」
わたしも、高校時代の自分のことを思い出しながら笑う。
お酒はもちろんコーヒーも苦くて飲めず、いくら食べてもお腹を空かせていた、若い高校生のことを。

北野白梅町駅

北野白梅町駅

北野白梅町駅は、北野線の終点にあたる。

四条大宮駅から乗り、帷子ノ辻駅で嵐山本線から北野線に乗り換え、U字型にまた帰ってくる感じで、北野白梅町までの線路が続いている。

紫色の電車の中で、「御室仁和寺」「妙心寺」「龍安寺」「等持院」と続く京都らしい駅名を聞きながら、「北野白梅町」まで運ばれる。

電車の中にはちらほらと学生さんの姿があったが、どうやら修学旅行生のようだ。今から学問の神様のところへ行くのかもしれない。
電車を降り、駅前にある地図を見つつ、「あっちだ」などと話す彼らの後を追うように、わたしも北野白梅町を歩き始めた。

北野白梅町駅

北野天満宮

着いたのは、やはり北野天満宮だった。

入り口にはたくさんのタクシーが停まっており、運転手さんたちがのどかにおしゃべりをしている。大きな鳥居の下では、お年寄りの女性がじっくりと長い時間手を合わせていた。

学問の神様・菅原道真が祀られているというこの神社の中へ、制服姿の学生さんたちが次々と吸い込まれていく。

北野白梅町駅

東京の方に以前言われたことがあるのだが、「学生さん」という呼び方は京都特有のものなのだそうだ。
「京都のひとは、なんだか学生に優しい感じがするよね」
と彼は言っていた。それを聞いて、確かにそうかもしれないなと思った。
わたし自身も、「学生さん」と呼ばれながらこの地で大学の4年間を過ごしたからだ。

京都には、実にたくさんの大学がある。
人口比率で言うと、学生の占める割合は、他府県に比べてかなり高いらしい。

4月になるとぴかぴかの新入生がたくさん京都にやってきて、一人暮らしをし、アルバイトを始める。鴨川で歓迎コンパを開き、円山公園で花見をし、時には木屋町で酔い潰れる。
京都の街の風景に、絶対に欠かせないのが「学生さん」だ。

だからなのだろうか、学生に対して京都の人はかなり優しい。
「学生さん」というある種認められた存在として、あたたかく見守られている。

「そこから脱け出せなくなって、ずっと大学にいちゃう子もいそうだよね」
そんな東京の方の言葉に、わたしは苦笑しながらうなずいた。

北野白梅町駅

北野天満宮に来たことはあったが、わたし自身はここで合格祈願はしていない。
今学問の神様にお祈りをするとしたら、どんなことだろう。
そんなことを考えながら、境内にたくさん植わっている梅の木の前を通り過ぎる。

菅原道真は梅の花をこよなく愛していたらしく、北野「白梅町」「紅梅町」という町名もそこから名付けられているそうだ。
道真は太宰府へと左遷される際、京都の邸宅の梅の花を惜しんでこのような和歌を残したと言われている。

「東風(こち)吹かば匂い起こせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな」

寒い冬はずっとは続かない。いつかは暖かい春が必ず来る。だから冬の間に決して腐らず、力を蓄え、咲くことを忘れないで。
この和歌は、道真が自分自身に向けて詠んだ歌なのかもしれない。

今はまだ蕾もつけておらず、ひっそりと沈んだような色で佇む梅の木も、春には満々と色鮮やかな花を咲かせるのだろう。
2月の梅花祭には、ここはきっと梅の良い匂いでいっぱいになる。そのときにはまた来たいなと思う。

北野白梅町駅

本殿にたどり着くと、先を行っていた学生さんに追いついた。

「お賽銭、お賽銭」「五円玉がなーい」などと言いながら、みんなで各々の財布の中をのぞいている。
(五円玉じゃなくてもいいんじゃないかなぁ)と聞いていたが、でも、学問にはやっぱり「縁」というものが大事かもしれないと思い直した。

教師との縁、学友との縁、追究すべき分野との縁。
その縁が思わぬところへ自分を連れていってくれる。世の中はなんて知らないことだらけなんだろう!というあのワクワク感。知識を少しずつ蓄え、議論を交わせるようになったときの陶酔感。そしてふと覚える、自分はなぜこんなに何も知らず、何もできないのだというもどかしさ。

それらの感覚は、社会人になった今でも続いている。

「いつまでも学び続けられますように」
五円玉がなかったのでしかたなく十円玉を投げ入れながら、彼らの後ろで手を合わせた。

北野白梅町駅

たわらや

お腹が空いたので、北野天満宮の向かいにあるうどん屋さんに入った。
太くて長い一本の、たわらやうどんが名物らしい。「名物セット」では丼ものとセットでいただけるというので、親子丼と一緒に注文した。

「すみません、もうたわらやうどんは売り切れていて……」
と店員さんが申し訳なさそうに言いかけたが、
「たわらやうどん、あと一食あるわ!」
と奥から別の店員さんが言って、無事食べることができた。

やっぱり名物なんだなあと思っていると、隣に座っていた女性のお客さんがうどんをすすりながら、うふふ、と微笑みかけてくれて、わたしも照れながら微笑み返す。

たわらやうどんはもちもちしていて、親子丼はふわふわしていて、どちらもとてもおいしかった。

北野白梅町駅

上七軒

うどんを食べたあと、北野天満宮の脇を北上して、上七軒のほうへ出る。
上七軒は、室町時代から存在している京都最古のお茶屋街だという。

昼間だからだろうか、人がほとんど歩いていない。
晴れた冬の上七軒は整然としており、その静けさに少し緊張した。
地元の方らしき人が、慣れた様子で店内でコーヒーを飲んでいるのが見えた。

いくつも続くお茶屋さんの間を歩いていると、ふと、脇の路地から小学生の女の子ふたりがおしゃべりしながら出てきた。

北野白梅町駅

(おや、この路地はどこかに繋がっているのかな)
そう思い、彼女たちとすれ違うようにその路地に入ってみる。
だけどその細く薄暗い路地はどこにも繋がっていなくて、突き当たりに何軒かの民家があるだけだった。

振り返ると女の子たちはまだ路地の入り口にいて、わたしに気づいているのかいないのか、きゃっきゃと笑いながら静かな花街へと消えていった。

北野白梅町駅

カステラ ド パウロ

再び北野天満宮の脇を南へ下がっていく。

鳥居のすぐ横まで来ると、カステラ ド パウロというポルトガル菓子専門のお店がある。
このお店では、ポルトガル人のパティシエの方がカステラを作っていて、ポルトガルの伝統菓子であるカステラの原型「パォンデロー」も食べられるという。

突然だが、わたしはカステラが大好物だ。
卵がとても好きなので、黄色くふっくらしたあの断面を想像するとたまらなくなる。
だからこのお店には前々から行ってみたいと思っており、嬉々として扉を開けた。

お店に入ったとたん、甘い香りに包まれる。
わたしは迷わず、4種類のパォンデローやカステラを食べ比べできる「食文化比較プレート」というものを注文した。
ほどなくしてお皿が運ばれ、研修中とおぼしきスタッフの方が、先輩のスタッフに付き添われながら、少し緊張した面持ちで、わたしにお菓子をひとつひとつ丁寧に紹介してくれた。

「こちらは半熟タイプのとろみのあるお菓子なので、スプーンですくって召し上がってください。すこしシナモンで味付けがされています」
「こちらは素焼き型で蓋をしてしっかりと焼き上げておりますので、手でちぎって召し上がってください」

触らずともわかるくらいふわふわの黄色い断面に思わず手を伸ばしそうになりながらも、説明をきちんと頭に叩きこみ、ゆっくりとコーヒーを飲んでから、そのお皿に手をつけた。

「!」

あまりにおいしくて思わず周囲を見渡す。
パォンデローというもの自体初めて食べたのだが、こんなにおいしいものだとは思わなかった。半熟でとろとろとした蜜のようなものに、頭が痺れそうになる。夢中で食べてしまって、あっという間にお皿の上は空になった。

おいしいものを食べると「おいしいです」と言わずにはいられない。
レジで「ものすごくおいしかったです」とはきはきと言い、お土産に「パォンデロー」を買って帰った。POPに「円広志さんもお気に入り」と書かれてあって、さもありなんと思った。

紙袋までいいにおいがしそうな手土産を持って、お店を出る。
好きなものが増えた喜びで、心があたたかった。

再び、北野白梅町駅

甘くておいしいもので満たされながら、再び12月の北野白梅町を歩く。
冷たい風が吹き付ける中、放課後帰りだと思われる学生さんたちと並んで駅まで向かう。

持ち帰り用に包まれたパォンデローを手に提げながら、ふと、これからもこういう出会いがあるのかなと思った。

「いつまでも学び続けられますように」

学ぶとは、知るということ。自分の世界が少し広がるということ。
街を歩き、何かを知れば、その街は自分の世界の一部になる。

北野天満宮でお祈りしたその言葉が届いたみたいで、なんだか嬉しくなった。

日が暮れ始めた空の下、わたしはまた紫色の電車に乗り込み、家路につく。

土門 蘭(どもん らん)

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。
インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。
共著に『100年後あなたもわたしもいない日に』(文鳥社※刊)。

「※社は旧漢字」

Information

たわらや

たわらや

住所:北野天満宮前交差点南入る
営業時間:11:00-16:00
定休日:不定休

ホームページ:http://www.geocities.jp/tawaraya_udon/

TEL:075-463-4974

カステラ ド パウロ

カステラ ド パウロ

住所:京都市上京区御前通今小路上ル馬喰町897蔵A棟
営業時間:9:30-18:00(カフェ17:00まで)
定休日:水曜日・第三水曜日
ホームページ:http://castelladopaulo.com/

TEL:075-748-0505

北野天満宮

北野天満宮

住所:京都市上京区馬喰町 北野天満宮社務所
楼門の開閉時間:
4月~9月 5時~18時
10月~3月 5時30分~17時30分
*もみじ苑ライトアップ期間や正月等は夜間も開門しています。
社務所・授与所 受付時間:9時~17時
境内の拝観は自由です。
*もみじ苑ライトアップ期間中は、9時~20時

梅苑
2月上旬頃に公開。開苑期間は例年2月初旬から3月下旬。
公開時間:10時~16時まで
入場料[いずれも茶菓子付]
大人 700円(中学生以上) こども 350円
30名以上1割引 (但し25日・土・日曜・祝日を除く)
身体障害者割引 大人350円・こども175円
*公開期間は北野天満宮HP、facebookの最新情報をご確認ください。

TEL:075-461-0005

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