ひと駅ごとの小さな旅

御室仁和寺駅

「包まれる街」見るよりも感じる場所

御室仁和寺駅

先日、友人が眼鏡を作りに行ったと言う。

わたしは彼女が眼鏡をかけたところを見たことがなかったので、
「視力が落ちたの?」
と尋ねた。すると、彼女は首を振り、
「それが、めずらしい眼鏡屋さんでね」
と言った。

「ものを見えるようにする眼鏡ではなくて、ものを見る癖を直す眼鏡を売ってるの」

彼女が話すには、こういうことらしい。

人には、ものを見る癖というものがある。
たとえば彼女で言うと、ひとつのものを見るのに、ある一点にピントを合わせすぎる癖がある。本を読むときには一文字一文字にピントを合わせて読むし、森を見るときには一本一本の樹を見ようとする。つまり、全体を大きく見るのではなく、細部をしっかり見る癖があるのだという。

「そういう見方をすると、肩こりや頭痛につながるんだって。私、実際それで困ってたから」

それを聞いて、「わたしもそれだ!」と思わず声をあげた。
「ふんわり眺める、ということができないんだよね。しっかり見つめる、という感じにどうしてもなってしまう。それって緊張している状態だから、長続きしないんだよね」

感動して大きく頷いていると、友人は、
「そうそう、まさにそういう感じ」
と笑った。

ちなみに、その友人も文章を書く仕事をしている。
もしかしたら、ものを書く人はそういう癖があるのかな、と話す。見つめて、とらえて、文字にする。だから緊張して集中して、ものを見る。

写真を撮る人や絵を描く人は、また違う「見る癖」があるのかもしれないね、と、ふたりで話した。

友人は言った。
「だから私が作ってもらった眼鏡は、かけると視界がぼんやりするようにできているんだ」

へえー、とわたしは感心する。
そして、いつか自分もその眼鏡を試しにかけさせてもらう約束をしながら、ふと思った。

ものを見る癖を矯正していったら、彼女は一体どんな文章を書くんだろう?

御室仁和寺駅

御室仁和寺駅

昼過ぎに、駅に着いた。

御室仁和寺駅を出ると、大きくてまっすぐな道が目の前に伸びている。
その突き当たりには、どんと仁和寺が門を構えていて、迷いようがないほどわかりやすい道のりだ。よく晴れた日だったので、そのシンプルさがますます気持ちよく感じられた。

空から降る陽が暖かい。もう春が来ている。

御室仁和寺駅

御室仁和寺駅

ファミリーキッチンPu

まずはお昼を食べようと思いながら歩いていたら、駅と仁和寺を結ぶ道にカレー屋さんがあった。いい匂いがする。
立ち止まってメニューを見ていると、お店の中からお姉さんが顔を出してにっこり笑って、
「どうぞ、今ならテーブル席が空いていますよ」
と言った。
その声に誘われるようにふらりと入って、チキンカレーとほうれん草カレーのあいがけを注文する。

壁には、これまでに来たお客さんのメッセージがびっしりと書かれていた。
「カレー最高♪」「また来ます!」「温暖的空間(中国語らしい)」

店内ではお姉さんふたりが見事なチームワークを発揮していて、てきぱきとカレーが運ばれる。届けられたカレーは、スパイスが効いてさっぱりしていてとてもおいしかった。

御室仁和寺駅

仁和寺

カレーを食べ終わってから、再び大きな道を歩き出し、仁和寺へ向かう。
歴史の授業で習ったことはあったけれど、こんなに大きいお寺だと思っていなかったので、少し驚いた。

仁和寺は、888年、宇多天皇の代で完成したお寺だ。
代々皇室出身者が仁和寺の住職を務めたけれど、応仁の乱でほとんど焼き尽くされてしまったという。
江戸時代に入ってからようやく復興され、今見られるほとんどの建物は、そのときに造り直されたものだそうだ。

入り口の門からすごく大きくて、見上げるとくらくらしてしまう。

それでふと視線を落とすと、脇に立っている阿吽の二王像の足元が見えた。隆とした筋肉、地面をずっしりと踏みつける足、大きな5つの爪。

御室仁和寺駅

強そうな足だな、と思う。
浮かび上がった太い血管が、なんだか雷のようだ。
この足を掘った職人さんは、何を考えながらこれを作ったんだろう?

そんなことを考えながら、みんなが上を見上げている中、わたしは二王さんの足をじっと見ていた。
これもわたしの「見る癖」だろう。上より下を、遠くより近くを、大勢よりも個人を見たがる。わたしの目は、やはりずいぶん近眼なのだ。

だから、大きなものを前にすると不安になる。
何かとらえられるものはないだろうかと、小さなはさみで立ち向かっているみたいに。
そのはさみで切り取ったものが、わたしの文章になる。

仁和寺は、ずいぶん大きい。
気合を入れながら、なかば諦めながら、わたしは門の中に足を踏み入れた。

御室仁和寺駅

拝観受付を通り、勅使門の前を過ぎ、まっすぐな参道を歩いていく。大きいなあ、とつぶやきながら。中門もまた、大きかった。

御室仁和寺駅

中門をくぐると、御室桜がずらりと並んでいる。
遅咲きとして知られている御室桜は、3月上旬ではもちろんまだ花を見ることはできなかった。今年の開花予想は4月4日ごろということだ。

「仁和寺や足もとよりぞ花の雲」 春泥

背が低い御室桜は、満開になると目の前いっぱいが桜色に見えるのかもしれない。
近眼のわたしにはきっとちょうどいい。

御室仁和寺駅

境内では、帽子をかぶったこどもたちが階段でじゃんけんをしたり、走り回ったり、先生に集合をかけられたりしていた。
おそらく近所の保育園の園児さんだろう。

楽しそうに笑い声をあげて境内を駆けるこどもたち。
彼らを見ていたら、ふと、以前あるお寺の住職にインタビューしたときのことを思い出した。

「お寺はこどもたちにとって、遊び場として機能しているんです。自然の中で遊べる、数少ない場所としてね」

「お寺で遊んでもいいんですか」
住職の言葉に、わたしは少し驚いてそう尋ねた。なんとなく、お寺っていうのは厳かにしないといけないところだと思っていたから。

「もちろん。こどもたちは遊んでいたらいいんですよ。そうしているうちに、しだいに坐禅って何かな、仏って何かな、と考え始めるんですから」
住職はそうおっしゃって、にっこりと笑ったのだった。

御室仁和寺駅

金堂をお参りしたあと、右に曲がって少し歩くと、経蔵に着いた。
中を見ることができるというので、拝観料を払って中に入る。

建物の中心には、太い柱のように八面体の回転式書架が建っていて、そこに無数の小さな引き出しがついている。ここには、天海版の『一切経』が収められているという。

ガイドの方が周囲を案内してくれながら、八大菩薩の描かれた壁画や、釈迦如来像・菩薩像などを説明してくれる。
一周してまた入り口に戻ってくると、
「これでみなさんは、一切経を読んだのと同じご利益を授かったことになります」
とおっしゃっていた。
(ガイドさんの発言は仁和寺の公式な発言ではありません。本来は、マニ車のように経蔵内の蔵を回転させることで功徳が得られると言われています。)

その光景を見ながら、
「こどもたちは遊んでいたらいいんですよ」
という言葉をまた思い出した。
そして、もしかしたら大人にとってもそうかもしれないと思った。

いちいちを見ようと、いちいちを理解しようとするのではなく、まずはからだでまるごと感じること。
大きなものを自分の手の内にとらえようとするのではなく、自分がそこに呑み込まれてみること。

目だけではなく、全身をつかったほうが、きっといろんなことがわかるだろう。

友人が作った眼鏡は、そのためにあるのかもしれない。

御室仁和寺駅

轉法輪寺

仁和寺を出て北側に少し歩くと、轉法輪寺という小さなお寺がある。開通上人という方がつくったお寺で、京都で最大級の仏様が見られるところだ。多くの人が一度に参拝しても大丈夫なように大きく作られたらしい。
こちらの仏様の前で「南無阿弥陀仏」と念じれば、いかなる人も極楽に連れていってくれる、というのが、開通上人の唱えた仏道だということで、とてもわかりやすくていいなと思う。

仁和寺での経蔵でも、一周するだけで一切経を読んだことになる、と言われたけれど、仏教って難しく考えるものではないのかもしれない。

理解するのではなく感じること。
それが、自分よりも大きなものに救われるということなのかな。
大きな仏様を前にそんなことを思った。

御室仁和寺駅

OMURO GREEN HOUSE Cafe&Gift

再び仁和寺の入り口のほうへと戻り、駅に続く大きな道を歩いていく。
電車に乗る前に、踏切を越えてすぐのカフェに入ってお茶をした。コーヒーと、抹茶アイスを注文する。

こちらのカフェはもともと花屋さんもやっていて、裏庭で採れたハーブを使ったピザやパスタも食べられるらしい。テーブルにあるグリーンも、玄関に飾られている桜も、購入可能のようだった。

窓際の席に座ると、嵐電の線路がきれいに一望できた。
目の前を電車が通り過ぎるのを眺めながら、濃くておいしい抹茶アイスを頬張る。

今日はよく歩いたな、と思いながら。

御室仁和寺駅

再び、御室仁和寺駅

西日が差し込む御室仁和寺駅のベンチに座り、電車を待ちながら、友人の作った眼鏡について考えた。

眼鏡の影響によるものなのかどうかはわからないけれど、彼女はその後、写真を撮るようになった。幼い娘たちの写真、庭や台所の写真、窓から見える空の写真。それらの写真は、ときどきインスタグラムに思い出したかのように投稿される。一方で、彼女の日々の生活をつづったブログは、ぱったりと更新されなくなった。

わたしは彼女の写真をスマートフォンで眺めながら、以前の明瞭な彼女の文章も好きだったけれど、今の柔らかな写真もとても好きだなと思う。
視線のかたちが、変わったのかもしれない。それがどんなふうに変わったのかは、今度会ったときに聞いてみようと思う。

見る癖を直す眼鏡を持っていないわたしは、相変わらず近眼だ。
だけど、この目でしかとらえられないものもきっとある。そして、だからこそ書けるものも、きっとある。

4月が来たら、また御室桜を見に来よう。
そして、目の前で満開に咲く桜の花を、じっと近くで見つめてみよう。

そのときに書かれる自分の言葉を、いつか読んでみたい。

土門 蘭(どもん らん)

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。
インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。
共著に『100年後あなたもわたしもいない日に』(文鳥社※刊)。

「※社は旧漢字」

Information

真言宗御室派総本山仁和寺

真言宗御室派総本山仁和寺

住所:〒616-8092 京都市右京区御室大内33
拝観時間:
3月-11月 9:00-17:00(受付は16:30まで)
12月-2月 9:00-16:30(受付は16:00まで)
ホームページ:http://www.ninnaji.jp/

TEL:075-461-1155

轉法輪寺

轉法輪寺

住所:〒616-8007 京都市右京区龍安寺山田町2番地
拝観時間:
参拝の期間等についてはホームページでご確認ください。
ホームページ:https://tenpourinji.com/

TEL:075-464-2668

ファミリーキッチンPu

ファミリーキッチンPu

住所:〒616-8094 京都市右京区御室小松野町25-21
営業時間:11:00-17:00(L.O.16:30)
定休日:不定休
ホームページ:https://www.facebook.com/kitchenpu

TEL:075-406-0430

OMURO GREEN HOUSE Cafe&Gift(おむろカフェ おむろグリーンハウス)

OMURO GREEN HOUSE Cafe&Gift
(おむろカフェ おむろグリーンハウス)

住所:〒616-8095 京都市右京区御室芝橋町6番地16
営業時間:9:30~17:00
定休日:不定休
ホームページ:http://kyoto-omurocafe.jp/

TEL:075-465-5006

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