ひと駅ごとの小さな旅

妙心寺駅

「手仕事の街」積み重ねの上に現れる場所

妙心寺駅

妙心寺駅

10連休が終わった。

休みのうちに元号が切り替わったけれど、わたし自身の生活は平成から地続きに続いていて、劇的な変化は何もない。試しに今キーボードで「令和」と打ってみたら「0話」と出て、それはそうだよなあ、と思った。それなので、「命令」と「平和」と書いて、「命」と「平」を消している。平成をわたしとともにしたキーボードは、「令和」は知らずとも「命令」と「平和」なら知っている。

連休中も、仕事をしていた。
仕事が溜まっているからではなく(溜まってはいるけど)、昔からそういう気質なのだ。
連休や年度切り替え、年末年始など、リズムが変わったり切り替わったりするときに、かたくなに自分のリズムを保とうとするところがある。そうすることで、自分を安心させようとしているのだだろう。臆病なのだ、生来。
だから、連休明けの平日というのは、わたしにとって歓迎すべき1日でもある。やっといつものリズムに戻れるから。道行く眠たげな学生さんの顔すら、懐かしく心地いい。

そんな10連休明けの火曜、わたしは妙心寺駅に降り立った。
観光客ももう帰ってしまったのだろう。嵐電の中にはいつもより乗客が少なく、妙心寺駅に降りたのもわたしとあともうひとりのご婦人だけだった。

駅の周りには、のどかに緑が広がっている。青空には雲ひとつない。連休だろうが平日だろうが、天気はおかまいなしだ。

駅から降りて左手に、「妙心寺」と書かれた看板を見つける。
わたしはその矢印に従って歩き始めた。


妙心寺駅

妙心寺

妙心寺に来るのも初めてだ(京都に10年住んでいるのに、行ったことのないお寺のなんと多いこと)。
中に入ってみて驚いたのだけど、妙心寺には本当にたくさんの塔頭がある。それぞれもともとは高僧のお墓のそばに建てられた小庵だったそうだが、そこを弟子たちが守っていくうち、明治以降にお寺と独立したという。
その数は46にものぼる。

妙心寺駅

「光國院」「雲祥院」「長慶院」……案内所から歩いているといろいろな「院」が目に入る。迷路のような、石造りの塀と白い壁に囲まれた道をひとり歩いていると、大昔にタイムスリップをしてきたような気持ちになる。

妙心寺駅

法堂

本堂の受付で拝観料の700円を支払うと、看板に書かれた時間まで少しお待ちくださいね、と言われた。時間になるとガイドさんが受付の部屋から出てきて、法堂と大庫裏の中を案内してくれた。

法堂の中に入ると、急に空気がひんやりとした。広々とした堂内には赤い絨毯がかけられており、そこに座るようにとガイドさんに言われて腰を下ろす。
ガイドさんが目の前に立ち、説明を始める。彼女は天井に手を向け、こう言った。
「狩野派を代表する絵師、狩野探幽の描いた雲龍図です」

見上げると、そこには大きな龍が迫力のある顔でこちらを覗いており、思わず「わ」と声が出た。まるで、天井からぐっと押されて重力をかけられるような感じ。わたしは後ろにのけぞって倒れてしまわないように、じっとその重さに耐えながら見上げた。
「龍は架空の生き物なので、狩野探幽は実際に見て描くということができませんでした。それなので、龍の各部位を他の動物を参考にして描いたそうです」
口元はワニ、ひげはなまず、つのは鹿、爪は鷹、胴体は蛇、鱗は鯉、そして目は牛。
また、当時は今のように絵の具という画材もなかったので、貝殻をすりつぶしたり花や草を絞ったりして、色をつけていったのだという。

狩野探幽は、この龍を描くのに8年をかけたのだそうだ。

見上げながら、8年のあいだに不安になることはなかったのだろうかと考えた。
わたしはこの2年、ある長編小説に取り掛かっていた。ようやく終わりが見えてきたところだが、書き続けている間は、この作品は本当に完成するのか、満足する出来栄えまでいけるのか、そもそも自分はどこへ向かっているのかと、不安が絶えなかった。
だけど龍の目には、そんな不安をにらみ殺すような強さがあった。その目は、法堂のどこにいてもわたしをつかまえる。見る場所によって龍の動きが変わるようで、わたしはちょこまかと動きながら何度も天井を見上げた。

狩野探幽だって人間なのだから、調子のいい日もあれば、当然悪い日もあっただろうと思う。それでも8年のあいだ、筆をとり、手を動かし、色を乗せ続けてきたんだろう。
その結果が今、ここにある。

「素晴らしい仕事だなあ」と思った。
そして、わたしはわたしの「仕事」のことを思った。
その2年で学んだことは、毎日こつこつ手を動かすしかないということだった。調子が良くても悪くても、ただ書き続けるしかない。できるまでやれば、必ずいつかできるのだから。

身が引き締まる思いで、法堂を出る。
くじけそうになったときには、またここで天井の龍を眺めてみようと思いながら。

妙心寺駅

大庫裏

ガイドさんに連れられ、妙心寺の台所へ。えんとつの代わりに屋根と壁のあいだにすきまがあったり、大きなかまどをそのまま洗えるよう床がすのこ状になっていたりと、調理のためのさまざまな創意工夫がなされているが、冬はとても寒そうだ。そう言うとガイドさんは力強くうなずき「冬はとても寒いし、夏はとても暑いんです」と言った。

妙心寺駅

大心院

ガイドさんと別れてから東に向かい、大心院を訪れ、枯山水庭園の「阿吽庭」を見る。決して大きくはない空間だけれど、静かに眺めているうちに、少しずつ広がりを持って大きくなっていくのを感じた。水ではないもので水を表現しようとする人の気持ちが、人の想像力を掻き立てるのかもしれない。

妙心寺駅

桂春院

そのまま北東へとさらに進み、桂春院に入った。こちらにあるのは「真如の庭」「清浄の庭」「思惟の庭」。庭の外周は、降りて歩き回ることができる。いつもは眺めるだけの庭から、逆に方丈を眺めるのは新鮮だった。まるで自分がここの住人になったような気になる。

妙心寺駅

妙心寺前三河屋

妙心寺を出て駅へと続く道の上に、「かしわ餅」という張り紙を出した和菓子屋さんを見つけた。子供の日にかしわ餅を食べていないことを思い出し、のれんをくぐる。「四つください」と言うと、「一個はみそあんでもいいですか」と言われたので、「いいです」と答えた。うちに帰ってから食べたら、みそあんの他のふたつはこしあん、ひとつはつぶあんだった。あんによってお餅も微妙に異なるのがおもしろく、家族で食べ比べをした。

妙心寺駅

かふぇ&雑貨 Potter

朝から歩き回っていたのですっかりお腹が空いた。三河屋さんと同じ筋にあるカフェに、お昼ご飯を食べに入る。「魚沼産コシヒカリのおにぎりセット」を注文。わたしは人のにぎるおにぎりが好きだ。 棚には様々な作家さんの手がけた雑貨が並んでいる。アクセサリー、グラス、ポストカード。アクセサリーの作家さんのプロフィールに「自分の作りたいものを作っています」と書かれてあって、「それが一番だよな」と思う。
おにぎりセットには漬物や佃煮や卵焼き、それからそうめんバチの入った味噌汁がついていておいしかった。

妙心寺駅

pâtisserie cocoru

駅へと向かう道すがら、ふと横にそれる路地を見ると、進んださきに小さな看板を見つけた。行ってみるとそこは洋菓子屋さんで、クッキーやパウンドケーキなどを売っている。
自分用にフルーツと紅茶のパウンドケーキ、それからアップルパイを購入。包んでもらう間店内を眺めているうちに、「この間お世話になったあの人にも買っていこう」と友人の顔が浮かび、焼き菓子詰め合わせも買うことにした。
パティシエの繁田さんはもともと老舗洋菓子店で20年勤められていたとのこと。「今はここで、製菓も接客も全部ひとりでやっているんです」と、オーブンのアラームを消しながら笑う。
青いリボンで包んでもらったその焼き菓子セットは、友人にとても喜んでもらえた。

妙心寺駅

妙心寺駅に再び帰り、北野白梅町行きの電車を待つ。
少し時間があったので、ベンチに座ってさきほど買ったアップルパイを取り出して食べた。アップルパイはゴルフボールくらいの大きさで丸い形をしており、かじりつくと煮詰められたリンゴがたっぷりと出てきた。ほろ苦いカラメルの味がおいしい。食べきった頃に、電車がやってきた。

電車に乗りながら、人生は短いようで長いな、と思う。いや、長いようで短い。というか、長いか短いかは生きてみないとわからないよな、と。
だから、倦むことも焦ることもなく、わたしたちはこの1日1日をちゃんと生きていくしかなくて、それはどういうことかというと、自分のやるべき仕事をちゃんとやる、ということなんじゃないかなと思った。
それは絵を描くことだったり、お菓子を作ることだったり、人の休まる場所を作ることだったり、人それぞれだ。
調子の良いときもあれば、悪いときもあるだろう。
それでもとにかく絵筆を握ったり、台所に立ったり、お店を開くこと。自分の仕事をやめないこと。その積み重ねの上にしか現れないものというのが、確かにある。

わたしにとっては、それは文章を書くことだ。
こつこつと文字を積み重ねていけば、小説も、この記事も、いつかは必ず完成する。

連休明けにこの駅に降りてよかった。わたしは、わたしの仕事をしよう。

土門 蘭(どもん らん)

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。
インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。
共著に『100年後あなたもわたしもいない日に』(文鳥社※刊)。

「※社は旧漢字」

Information

妙心寺

妙心寺

住所:〒616-8035 京都市右京区花園妙心寺町1
拝観時間:9:10〜11:50 20分毎に案内
12:30
13:00〜16:40 20分毎に案内
(11月〜2月は〜15:40)
拝観料:大人700円 小・中学生400円
ホームページ:https://www.myoshinji.or.jp/

075-466-5381 (参拝課)

Poco a Poco

妙心寺前三河屋

住所:〒616-8015 京都府京都市右京区谷口園町24
営業時間:10時~18時
定休日:水曜
ホームページ:http://www.myoushinji-mae-mikawaya.biz/

TEL:075-462-5097

かふぇ&雑貨 Potter

かふぇ&雑貨Potter

住所:〒616-8016 京都市右京区龍安寺西ノ川町3−24
営業時間:11時-17時
定休日:木曜・金曜
ホームページ:https://potter.kyoto/

TEL:075-496-8780

pâtisserie cocoru

pâtisserie cocoru

住所:〒616-8021 京都市右京区花園天授ケ岡町5-8
営業時間:10時-17時
定休日:水曜、不定休で日曜
ホームページ:https://sweetsguide.jp/shop/44471

TEL:075-204-8348

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