ひと駅ごとの小さな旅

西院駅

「誰かの街」生活のエネルギーが集まる場所

西院駅

西院駅

西院駅って少し特殊な駅だな、と昔から思っていた。

学生の頃からずっと京都市内に住んでいるので、西院には何度も訪れたことがあった。遊びに仕事に、時には自動車免許の教習場に行くため1ヶ月間通い詰めたこともある。だけど、いまだにこの街の雰囲気に慣れない。他の駅にはない、独特な色濃さのある駅だと思う。

嵐電の西院駅(阪急は「さいいん駅」だけど、嵐電だと「さい駅」と読む)に降り立って、その理由がやっとわかった気がした。

踏切だ。 四条通りをばつんと横切るこの踏切が、それより東の空気を遮断している。ここを越えるとき、ふっと空気が変わるのだ。
だけど決して拒まれている感じがしないのは、この踏切には点滅する警報機や遮断機がないからかもしれない。そのかわり「カランカラン」という、どこかノスタルジックな鐘の音がする。ちなみにこの電鐘式警報のある踏切は、全国でもかなり珍しいらしい。

音が鳴り止み、線路を超えて西側に足を踏み入れると、急に彩りが豊かになる。居酒屋、パン屋、薬屋、本屋、牛丼屋、喫茶店……整えられた観光地から、賑やかで色とりどりな下町になり、ここには人が住んでいるんだなあ、という生活のエネルギーのようなものを感じる。
バス、阪急、そして嵐電。駅を起点に無数に伸びる複雑な交通網を、慣れた様子で乗りこなす人たちを見ながら、この付近に住んでいる人たちなんだろうな、と思う。

西院駅

嵐電西院操車場

西院駅から北へと伸びる線路は途中でふたつに分かれていて、短いほうの行き着く先には操車場がある。そこには、発車を待つさまざまな色の電車がのどかに停まっていた。日によっては、珍しいカラーリングの車両に出会えることもあるらしい。嵐電は路面を走る電車だから、見た目もやっぱり大事なのだろう。
右手の事務所より奥には入れないため、少し離れた場所で写真を撮る。八つ橋のキャラクターが描かれた車両が見えた。

西院駅

高山寺

駅のすぐ近く、四条通に面した場所に高山寺というお寺がある。普段は通り過ぎるだけだけど、改めて立ち止まって見てみると、入り口に「淳和院跡」という石碑が立っている。ここは平安前期、淳和天皇の後院(天皇即位後の御所)の一部だったそうで、その西側に位置する場所であったことから、「西院」という名前になったらしい。

また、その頃はこの辺りに川が流れており、「西院之河原(さいのかわら)」と呼ばれていた。その河原は庶民の葬送の地とされていたらしく、のちに地蔵和讃(じぞうわさん)の「賽の河原」という文字が当てられるようになった。「賽の河原」とは、親よりも先に亡くなった子供が、親のために石の塔を積み上げるものの、鬼に何度も壊され苦しみ続けるという伝説。
高山寺の地蔵菩薩は、そんな子供たちを助ける菩薩として信仰されるようになったという。

西院駅

振り向くと、大きな地蔵菩薩とはす向かいになるところに、たくさんの小さな水子地蔵たちが建っていた。手前のお地蔵さんは、赤地にかわいい動物の絵が描かれたよだれかけを巻いてもらい、静かにうつむいているように見える。

すべての子供たちを見守る大きなお地蔵様に見守られ、なんだか安心して眠っているようだった。

西院駅

イデヤ

この日は朝から動いていたのだけど、8月初旬ということもありとても暑い。早めに休憩をとろうと、「イデヤ」という古い喫茶店に入る。
中にはふたりの男性のお客さんがいて、それぞれ煙草を吸いながら新聞を読んでいた。わたしは窓際の席に座り、コーヒーを頼んだ。

コーヒーを待っている間、読みかけの文庫本を開くと、こんな言葉が目に入っていた。

「人は、生きていくうえで難しい現実をどうやって受け入れていくかということに直面した時に、それをありのままの形では到底受け入れがたいので、自分の心の形に合うように、その人なりに現実を物語化して記憶にしていくという作業を、必ずやっていると思うんです」
(引用元:『生きるとは、自分の物語とつくること』小川洋子・河合隼雄)

その一文を読みながら、先ほどのたくさんのお地蔵さんのことを思った。赤地のよだれかけを作った人は、どんな気持ちでそれを縫ったのだろう。

そんなことを考えていたら不意に泣きそうになり、淹れてもらったばかりのコーヒーを飲む。コーヒーは酸味と苦味がしっかりとしていて、気持ちが強くなるようだった。
いつの間にかお客さんたちは新聞から顔を上げ、おかみさんとおしゃべりをしている。話の内容は、熱中症の怖さと、胡蝶蘭の育て方の難しさについてだった。

西院駅

春日神社

イデヤを出て横断歩道を渡り、北西へ向かうと、急にあたりが静かになる。その中に春日神社はあって、境内をのぞき込むと夏休み中の子供たちが目の前を駆け抜けていった。

春日神社には、淳和天皇の内親王である崇子内親王の疱瘡(天然痘)を一夜で治したという「疱瘡石」があって、病気平癒・災難厄除けの神社として知られている。その石は、毎月1日、11日、15日に公開されているとのことで、この日は残念ながら見ることができなかった。

結ばれた絵馬を眺めていると、「○○君の手の怪我が治って早くまた野球ができますように」とか「おばあちゃんの足が治りますように」とか、やはり病気怪我の願い事が多く書かれていた。意外だったのが、自分のことではなく人のことをお願いしている方が多いこと。ひとつひとつ読んでいくと、大事な人のことを思う気持ちの強さに、胸が打たれるようだった。

西院駅

境内を歩き回っていると、梛石(なぎいし)という石を見つけた。この石をなでた手で、自分の具合の悪いところをなでながら、快癒を祈るのと良いのだという。お賽銭を入れ石をなでると、思ったよりもずっとつるつるとなめらかで冷たかった。その右手でそのまま頭をなでる。偏頭痛持ちだし、思い込みが激しいので。

木陰で石を見つめながら、この石はこういうふうにして、人々の不安を吸ってあげてきたのかもしれないな、と思う。

西院駅

喫茶フロント

ふたたび四条通に戻ると、日は高くなりますます暑くなっている。逃げ込むように、横断歩道を渡り、喫茶フロントというお店に入った。
表向きはおしゃれなカフェだけど、入ってみたら純喫茶らしいレトロな家具や照明が並んでいて驚いた。少し時間が早かったからか、ゆったりとした空間に自分以外誰もいない。

お昼ご飯を食べようと、「本日のセットメニュー」のマグロのステーキわさび風味にする。おそらく学生さんであろうアルバイトさんが、明るい笑顔で注文をとってくれた。
店内が静かなので、働いている人たちが小声で楽しそうに話しているのが聞こえたが、若い人が萎縮せずに明るく働いているお店は良いお店だと思う。マグロのステーキはさっぱり柔らかくて、夏バテの身にもとてもおいしかった。

お会計をするとき「領収証をお願いします」と言うと、女の子がささっと先輩を呼んできて、「書き方を教えてください」と言っていた。先輩の女の子が書くのを、後輩の女の子がまじめな顔で見入っている。それに緊張したのか、先輩は「飲食」という字を一瞬忘れて照れ笑いしていた。かわいい光景に、思わずわたしも笑った。

西院駅

養老軒

フロントを出て、西院駅まで再び向かう。その途中にあるのが養老軒だ。

初めてこのお店のみかん大福を食べたときには、とても感動した。みかん自体がとてもみずみずしくて甘酸っぱい。そのまわりを、口当たりの良い白あんと、やわらかなお餅が覆っている。驚いて、もう一個買えばよかったと後悔したほどだ。それ以来すっかりファンで、西院に来ると必ずここに寄るようにしている。

今回買ったのは、みかん大福といちじく大福とレモンクリーム大福。お会計をすまそうとしたら、桃のソフトクリームが目に入った。「おかやま夢白桃ソフトクリーム」と書いてある。ひとついただくと、ソルベのようなさわやかな食感で、甘くて優しい桃の味が口いっぱいに広がった。3代目の本田順子さんによると、季節によってソフトクリームの味も変わるらしい。マンゴー、あまおう、今後はぶどうも予定しているとのこと。絶対おいしいな、と思う。

西院駅

「大福のフルーツは、中央卸売市場から仕入れた新鮮な果物を使用しているんですよ」と本田さんはおっしゃった。キウイフルーツなど追熟が必要なものは、お店で熟させておいしい状態にしてから大福にしているらしい。だからこんなにみずみずしくて甘いのか、と納得する。
ちなみに本田さんは日本ソムリエ協会認定のワインエキスパートの資格をお持ちだそうで、大福に合うというワインも店内で販売されている。

1931年創業のこのお店は、今もいきいきと変わり続けているんだなと思った。

西院駅

ふたたび、西院駅

ビニル袋に三つのフルーツ大福を提げ、西院駅へ向かう。
線路を通り過ぎると、背中に残った熱が少しずつとれていくようだった。

やっぱり西院は、生活の街だな、と思う。
ここに住む人の営みや願いといったエネルギーが集まっていて、それが街を色づかせている。わたしがこれまでこの街に慣れなかったのは、自分は「ここに住む人」じゃないという気持ちがあったからかもしれない。西院は「みんなの街」ではなく「誰かの街」だという感じがする。

だけど今日、知ろうとしながら歩きまわったことで、この街と少し近づけたかもしれない。人と友達になるように、街と友達になることも、多分可能なのだ。

そんなことを考えながら歩いていると、後ろから「カランカラン」という音が聴こえてきた。

土門 蘭(どもん らん)

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。
インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。
著書に『100年後あなたもわたしもいない日に』(共著・文鳥社※刊)、
『経営者の孤独。』(ポプラ社刊)。
近日、長編小説『戦争と五人の女』(文鳥社※刊)発刊予定。

「※社は旧漢字」

Information

高山寺

高山寺

住所:京都市右京区西院高山寺町18番地
拝観しておりません。
ただし境内は開放しております。7:00~17:00頃まで

TEL:075-311-1848

イデヤ

イデヤ

住所:京都市右京区西院西三蔵町15-1
営業時間:[月〜金]7:00〜18:00 [土]7:00〜16:0
定休日:日曜・祝日、年末年始
ホームページ:https://retty.me/area/PRE26/ARE659/SUB10903/100000864513/

TEL:075-311-5991

春日神社

春日神社

住所:京都市右京区西院春日町61
休日:休館:無休・常時開門
授与受付:9:00~18:00
ホームページ:http://www.kasuga.or.jp/

TEL:075-312-0474

喫茶フロント

喫茶フロント

住所:右京区西院巽町3
営業時間:11:30-21:30
定休日:水曜(第3火水曜連休)
ホームページ:http://cafe-front.com/index2.html

TEL:075-312-1619

養老軒

養老軒

住所:四条通り西大路東入南側
営業時間:10:00~18:00
定休日:水曜・木曜
ホームページ:http://kyoto-yoroken.com/

TEL:075-311-3405

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