ひと駅ごとの小さな旅

常盤駅

「小確幸の街」小さな喜びがある場所

常盤駅

常盤駅

女の30代には2度厄年がある。
前厄と後厄を含めると10年のうち半分以上は厄年だ。

今年はわたしにとって、30代2度目の前厄の年。
2度目ともなれば気が緩み、「今年は厄除けしなくていいか。本厄になる来年に行こう」と思っていたのだが、新年明けて7日も経たないうちに長男が交通事故、父が肺炎で入院、義母がインフルエンザ感染と、立て続けに親類によくないことが起こった。
みんな軽症ですんでほっとしたものの、短期間にここまで続くとさすがにおそろしくなる。

それなので、常盤駅に行く前に自宅の近くの神社で厄除けをしていただいた。
お祓いをしていただいたらなんだかすっきりして、清々しい気持ちで、自転車で嵐電四条大宮駅まで向かったのだった。

意識すると、アンラッキーとは表面に現れるものなのかもしれない。
よりによって取材日に京都市では暴風が吹き荒れ、小雨まで降っている。必死の形相で自転車を漕いで髪はボサボサ。しかも四条大宮駅に着いた途端に電車が発車した。
遠ざかる電車を眺めながら、あんまり意識するのはやめよう、と思う。
自分がアンラッキーだと思わなければ、こんなのちっともアンラッキーじゃない。

10分後に来た電車に乗り、帷子ノ辻駅でいったん降りて、北野白梅町駅行きに乗り換える。
そこから2駅目が常盤駅だ。
降りると街の風景が地続きになっていて、広がりがあって気持ちが良い。
いつの間にか風は吹き止み、雲も飛ばされたのか青空が見えていた。

常盤駅

源光寺

まずは源光寺へ。
駅を降りて南に下り、住宅街の中を歩いていく。
地図を見ながら向かったのだが、なかなか見つからない。途中で見落として通り過ぎていることに気づいて、慌てて元の道を戻った。
カフェやスナックがちらほらと軒を連ねる通りに、源光寺はひっそりと門戸を開いていた。

常盤駅

源光寺には、源義朝の側室であった常盤御前のお墓がある。
看板に書かれている文章によると、義経記に「常盤と申すは日本一の美女なり」と記されているほどの美人であったらしい。
平治の乱で義朝が殺害され、母も人質にとられた彼女は、平清盛のもとに自首。清盛は彼女の美貌に心を打たれ、子ともどもゆるしを与えたという筋書きになっている。

お寺の中には赤や桃色の花がちらほらと咲き、柔和な顔立ちの菩薩像が鎮座していた。
歴史に翻弄された彼女は、どんなことを考えていたのだろう。
お寺の中には、女性の柔らかな印象が満ちている。

常盤駅

お腹も空いたことだし、さてどこかのお店に入ろうと思い歩き始めたのだが、なんと行こうとしていたお店がすべて休店していることに気がついた。
源光寺のすぐそばのHashigo Cafe Kyotoも、MAIPANというパン屋さんも、さらに先に行った場所にある喫茶花も、全部お休み。
ちゃんと定休日を確認していなかったわたしが悪いのだが、こんなにもこぞって閉まっているとは思わなかったので愕然とした。
「前厄……」
ふとその言葉が頭に浮かび、慌てて消す。意識してはいけない。
自分がアンラッキーだと思わなければ、こんなのちっともアンラッキーじゃない。

常盤駅

石田大洋堂

とは言え、内心半泣きになりながら歩いていたら、ふとコーヒーの良い匂いがした。
喫茶店だろうか?と思い近づいてみると、「コーヒー豆専門店」とある。
入り口から中を覗いていたら、ひょっこりと女性が顔を出した。
「わ!」と驚くとにこにこ笑いかけてくれる。
その笑顔がとても優しそうで、吸い込まれるように中に入った。

品書きの値段を見て、まずはその安さにびっくりした。
コーヒー豆「ロイヤルブレンド」100gが310円だという。
わたしは毎日コーヒーを飲むので、家に買って帰ることにした。
「あの、豆を200gください」
そう言うと女性は耳に手を当てて、
「ごめんなさいね。耳が遠くて。もう一度言ってくださる?」
と言う。わたしはもう一度大きな声で、ロイヤルブレンドを200gいただきたいと伝えた。彼女は笑顔を見せて、「ペーパー用に挽きましょうか?」と言った。うなずくと彼女は豆を計り、それから大きな音をたてて挽き始めた。

常盤駅

彼女はここで、もう45年もお店をやっていらっしゃるらしい。
焙煎機も粉挽機も、独立してからずっと使っているものだという。よく手入れされていてぴかぴかと光るそれらは、まだまだ現役のようだ。

「このお店のことを書いてもいいですか?」と聞くと、彼女は少女のように笑って、「なんや恥ずかしいけれど、それはぜひ読んでみたいですねえ」と言った。
そして名刺に書かれたわたしの名前を、「良い名前、きれいな名前」と褒めてくれた。

挽きたてのコーヒー豆はほのかに温かく、とても良い香りがする。

常盤駅

番長のパンがかり

いったん駅へ戻り、それから高校がある方へと歩みを進めていった。学校があるということは、学生が買い食いしたりご飯を食べたりするところがあるはずだ。そう思っていたのだが、「両国」というちゃんこ屋さんも、「太郎」というラーメン屋さんもすべて営業時間外。どういうことなんだと少々焦る。

高校の前を通り過ぎて、どんどん歩いていくとパン屋さんがあった。
中でコーヒーも飲めるらしい。冷え切った空腹の身にありがたく、いそいそと中に入った。

常盤駅

並んでいるパンを見ると、多くのパンに「番長」という名前がつけられている。
「ホットドッグ番長」「コロッケ番長」「紅はるか乱切りいも番長」……そしてどれも安い。ほとんど100円台で買えてしまう。しかも学生さんは、そこからさらに5%オフだという。

わたしは「カスクート番長(熟成ロースハム・スライスチーズ)」150円と「玄米食パンサンドハムタマゴ番長」110円を買い、店内のテーブルでコーヒーとともに食べた。素朴な小麦の味が、じんわりとおいしい。

聞けばこちらはご家族で経営されているとのこと。レジを打ってくれた女の子は娘さんだった。街にこういうパン屋さんがあるのはいいなと思う。学生さんたちは大いに助かっているだろう。
それにしてもどうして「番長」なのだろう? 聞いておけばよかった。

常盤駅

pâtisserie TSUKASA

そのすぐ隣は洋菓子屋さんだった。 入り口の側の黒板には「いくみちゃん、ありさちゃん、HAPPY BIRTHDAY」と書かれている。この街に住む女の子たちの名前なのだろう。 窓越しに見える焼き菓子がおいしそうだったので、ふらっと入ってみた。

常盤駅

ベアクッキーに、くまさんマドレーヌ、くまちゃんバケツ……と、店内のあちこちにクマがいる。1枚85円のベアクッキーは、一枚一枚顔が違っていて、中にはトラなんかもいてかわいらしい。
わたしはリボンのついたベアクッキーと、それからオリジナルのお菓子であるらしい「常盤野」という名前のお菓子を買った。パイ生地につぶあん&栗、つぶあん&りんごが入ったパターンがあり、両方いただくことにした。

わたしは街のケーキ屋さんが好きだ。
この周辺に住む子供たちにとって、特別なお店なのだろうなと思うから。
誕生日やクリスマスには、ここでケーキを買ってもらう子たちがいるのだろう。
黒板に名前を書いてもらった、いくみちゃんやありさちゃんのように。

常盤駅

TARO BAKERY

ふたたび駅のほうへ戻ると、もう一軒パン屋さんを見つけた。
女の子と男の子がパンにかじりついているイラストがかわいい。こちらのお店も「国産小麦」と書かれている。
京都にはパン屋さんが多いが、常盤駅周辺だけでも3軒もあってすばらしいことだと思う。
わたしはパン屋さんも大好きだ。
主食のひとつであるパンはなかなか家で作ることはできないから、おいしいパン屋さんがある街はそれだけで豊かな食が保証されているように思う。

常盤駅

レジの前にはコッペパンシリーズが並んでいた。
あんバターやミルククリーム、ココアクリームなど、味もいろいろあって見ているだけで楽しい。なつかしい形につい顔をほころばせながら、わたしは「オレンジマーマレードサンド」を購入した。

「食パンはありますか?」と尋ねると、玄米とごま入りの天然酵母食パンだけ残っているとおっしゃる。その他はすべて「予約済み」。人気のパン屋さんなのだろう。

いただいたパンフレットには、材料にどんなものを使っているのかひとつひとつ丁寧に書かれていて、最後はこんな言葉で締められていた。
「クラシカルでシンプルで味わい深くて毎日食べても飽きないような。
ココロにもカラダにも喜んでもらえるような。
そんなモノを守り広め作ってゆきたいと思っています」
そんな主食が食べられるなんて、この街の人がうらやましい。

常盤駅

再び、常盤駅

行く先々でシャッターが降ろされていて、最初はどうなることかと思ったけれど、帰り道のわたしの手には、三つのビニル袋が提げられていた。

挽きたてのコーヒー豆と、ベアクッキーなどの焼き菓子、それから食パンにコッペパン。
明日の朝はトーストにコーヒーだな、と思う。デザートはもちろん、くまのクッキー。
そんなことを想像しながら歩いていたら、また小雨が降ってきた。
わたしは小走りでホームの屋根の下に入る。

ベンチに座って、「小確幸」という言葉を思い出す。
村上春樹さんが『ランゲルハンス島の午後』というエッセイで書いていた言葉だ。「小さくはあるが確固とした幸せ」のこと。

アンラッキーは免れられないかもしれないけれど、喜びは自分の力で見つけることができる。
たとえばいい匂いがすれば近寄ってみること、ガラス窓の中においしそうなものがあれば入ってみること、寒いときには温かいものを飲むこと。

前厄を迎えたわたしだけど、この1年はそんなふうに過ごしてみたい。
ほんのり香るコーヒーとパンのにおいにうっとりしながら、そんなことを思った。

土門 蘭(どもん らん)

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。
インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。
著書に『100年後あなたもわたしもいない日に』(共著・文鳥社※刊)、
『経営者の孤独。』(ポプラ社刊)。
近日、長編小説『戦争と五人の女』(文鳥社※刊)発刊予定。

「※社は旧漢字」

Information

源光寺

源光寺

住所:
〒616-8225 京都市右京区常盤馬塚町1
参拝時間:8:00〜16:00(参拝のみ)

石田大洋堂

石田大洋堂

住所:
〒616-8224 京都市右京区常盤窪町1-24
営業時間:10:00〜19:00
定休日:日曜日

TEL:075-881-7021

番長のパンがかり

番長のパンがかり

住所:
〒616-8182 京都市右京区太秦北路町29-3 ファースト常盤野1F
営業時間:8:00〜19:00
定休日:日曜日
ホームページ:Facebookはこちら

TEL:075-864-8538

pâtisserie TSU

pâtisserie TSUKASA

住所:
〒616-8182 京都市右京区太秦北路町29 ファースト常磐野1F
営業時間:10:00〜20:00
定休日:火曜日
ホームページ:https://localplace.jp/t100355460/

TEL:075-872-8255

タローベーカリー

タローベーカリー

住所:
〒616-8224 京都市右京区常盤窪町10−1
定休日:日曜日・月曜日
営業時間:火11:30〜18:00(焼き菓子中心)、水木金9:00〜19:00、土曜不定休
※児童だけでの利用は17:00まで
ホームページ:Facebookはこちら

TEL:075-861-3015

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