ひと駅ごとの小さな旅

太秦広隆寺駅

「既知の街」ひとつひとつ積み上げる場所

太秦広隆寺駅

今回で、1年半続いたこの連載は最終回。

これまでに嵐電沿線のいろいろな駅を訪れ、その周辺を歩き回って文章を書いてきた。
降りたことのない駅にひとりで降りて、入ったことのないお店にひとりで入って、黙々と街を散策する。
「駅周辺を歩いて感じたことを書く」だなんて、連載当初はどうなるかなと思っていたけれど、あれから17か所の駅をまわった。17か所! 今数えてみてびっくりした。

続けていればいろいろな体験をし、いろいろな文章が生まれるものだ。
その体験や文章は、自分の中に澱のように積もっていっている。わたしという人間も、この連載が始まったころより少しは複雑になっているのかもしれない。

最後に訪れたのは、太秦広隆寺駅だ。
奇しくも最初に訪れた「帷子ノ辻駅」回の際に、この駅にたどり着いたことがある。
帷子ノ辻駅を降りてすぐの大映商店街をずんずん歩いて行くと線路が見えて、隣駅まで来てしまったことに気づいた。
そのとき「このあたりはまた今度だな」と思って踵を返した。いつか太秦広隆寺駅編を書くときに、またここを歩くことになるんだろうなと。
その駅が最終回になって、なんだか感慨深い。

あの頃のわたしには、1年半後自分がどんなふうになっているかなんて、全く想像もつかなかった。

太秦広隆寺駅

そんなことを考えながら電車を降りると、ホームに立っている自動販売機が目に留まった。
飲み物でも煙草でもない。こまごまと小さなものが売られている。

近づいてみると、仏像やお守り、おみくじの自動販売機であるらしい。値段は100円から1000円までさまざま。試しに、100円のおみくじを買ってみることにした。なんとなく周りに誰もいないことを確かめ、小銭を入れる。

太秦広隆寺駅

出てきたのは白い箱。中には末吉が入っていた。
「次第次第に運がひらけて盛(さかん)になります
 あまりに一足とびにとんで事をしようとするとあやまります
 時をみて心ながくのぞみを達しなさい」
なるほど、と思う。わたしはそもそもせっかちだから、気をつけないといけない。
ひとつひとつ積み上げた先にしか、「のぞみ」はないのだ。

太秦広隆寺駅

うどん・そば 京富

駅にはうどん屋さんが併設されていて、ホームから直通でお店の中に入れるようになっている。お昼時でお腹が空いていたので、中に入ることにした。店内は、駅のホームによくある立食形式ではなく、テーブル席とカウンター席が用意されている。

季節限定セットは、まぐろ丼と京湯葉吹き寄せうどん・そば。そこにてんぷら盛り合わせもつけられると書いてあって「おいしそうだなあ」と思うものの、わたしはいかんせん胃腸が弱い。この連載の飲食でうどんが多いのも、揚げ物などがっつり系のおかずがまったく出てこないのも、その理由によるもの。季節限定セットおいしそうなので、胃腸の強い人はぜひ試してみてほしい。

太秦広隆寺駅

この日はだいぶ暖かく、せいろとずいぶん迷ったのだけど、鳥なんばんそばにした。鰹の風味がしっかりしているお出汁が、とてもおいしい。
汗をかきながらすすりつつ、もうすぐ冷たいおそばの季節が来るなと思う。温そばはこれで食べ納めかもしれない。

太秦広隆寺駅

駅を出て、大映商店街に入る道より手前の道を、南のほうへ歩いて行ってみる。
右手に小学校があったが、休校中だからか生徒がいなくて静かだ。
ここらへんはあまりお店がないが、途中で喫茶店を二軒発見したので、歩いてお腹がこなれてからまた来てみようと思う。

太秦広隆寺駅

旧徳力彦之助邸

道を歩いている途中で、緑に囲まれた洋館を発見した。
近くに寄ってみると「登録有形文化財」という看板がかけられている。
中にはガラス工房があるとのことで、入り口から足を踏み入れてみた。残念ながらこの日はちょうど定休日で、中に入ることはできなかったけれど、外観を見るだけでもすごく興味深い。壁には蔦が這い、玄関にはこれまで見たこともないほど大きなリュウゼツランがあった。

太秦広隆寺駅

調べてみたところ、ここは旧徳力彦之助邸と言って、漆芸家・徳力彦之助(1905~1996)が自ら設計した住宅兼アトリエであるらしい。昭和11年に建てられたそうだ。

現在はチェリデザインさんというガラス工房が入っていて、1階はギャラリーになっているとのこと。2階も予約すれば入ることができるそうで、ステンドグラスや家具がとても美しいのだそうだ。

定休日でとても残念。いつかぜひ日を改めて再訪しようと誓う。

太秦広隆寺駅

京つけもの もり

旧徳力彦之助邸を出てさらに南へ、途中で大きくUターンするように歩いていく。
静かな住宅街が続くなか、ふとお店が多くなってきて「なんだか見覚えがあるな」と思ったら、そこは大映商店街で懐かしい気持ちになる。

いつもこの街歩きではお土産を買うのだけど、今回はここで何か買おうと思う。歩いていると「京つけもの もり」を発見。もりさんは有名なつけもの屋さんで、京都市内にいくつもお店がある。聞けばこちらが本店で、この場所からスタートしたらしい。

太秦広隆寺駅

どれにしようかと商品を眺めていたら、店員さんが「汐さくら」をおすすめしてくださった。さくらの塩漬けだそう。「白湯に入れて飲むとおいしいですよ」とおっしゃる。
湯飲みに浮かぶさくらの花を想像するとうっとりする気分になり、ひとつ購入。お米を炊く際にこちらを入れると、さくらご飯になるらしい。それもぜひ食べてみたい。
ビニル袋を提げて歩くと、小さな春を持ち帰っているようだった。

太秦広隆寺駅

Cafe Honu

大映商店街を抜けて、もう一度小学校や旧徳力彦之助邸のある道へ。 「あとで行こう」と思っていたCafe Honuへ入る。通されたソファ席には、向かい側の窓から日が差し込んで気持ちがいい。ハワイをモチーフにしたカフェで、白い壁には海辺の写真が飾られている。亀の形の飾りの横には「Be Happy」という言葉。 店名の「Honu」とは、海の守り神と言われているウミガメのことを指すらしい。

太秦広隆寺駅

シフォンケーキとブラウニーのセット、それからコナコーヒーを注文する。 コナコーヒーはハワイのお土産でいただいた時に飲んだことがあるが、お店で飲むのは初めてだ。甘い香りに包まれ、歩き疲れた体が癒される。シフォンケーキもしっとりしていて柔らかく、とてもおいしかった。

コーヒーを飲み終えるまで本を読むことにする。 静かな店内、窓から入ってくる光、コナコーヒーの甘い香り。ふと、自分がなぜここにいるのかわからなくなってくる。まるで旅行の夜、不意にホテルのベッドの中で目を覚ましたときのように。 オーナーさんは、ハワイに何度も行かれたことがあるのだろうなと思う。それを遠く離れたこの街で再現できるのはすごいことだ。

太秦広隆寺駅

再び、太秦広隆寺駅

お昼を食べた京富さんの横を通り、駅のベンチに座る。さっき味わったお出汁の香りがもう懐かしい。
当初は「未知の街」だったこの駅が、ぐるりと歩き回った今では「既知の街」になっているのが毎回おもしろい。

普段、出不精で行動範囲の狭いわたしにとって、この連載で得たものはとても大きなものだった。指定の駅に降りて、街を歩く。そのたび凝り固まっていた自分の中の地図が柔らかく伸び、広くなっていったような気がする。

地図の面積が広がると、そこに新しく「経験」が乗っていく。そして「経験」の上にこそ「夢」が乗る。
いつかあの洋館のステンドグラスも眺めてみたいし、帰ったら白湯に桜を浮かべたいし、人生一度はハワイにも行ってみたい。
わたしたちはそんな「経験」の量でできていて、「夢」の熱で動いているのだ。
この連載を続ける中で、わたしはそんなことに気がついた。

線路の上を走って、嵐電がもうすぐやってくる。
「経験」を乗せて、「夢」へと繋ぐように。

さようなら、また遊びに来ます。

土門 蘭(どもん らん)

1985年広島生。小説家。京都在住。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。
インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。
著書に『100年後あなたもわたしもいない日に』(共著・文鳥社※刊)、
『経営者の孤独。』(ポプラ社刊)。
近日、長編小説『戦争と五人の女』(文鳥社※刊)発刊予定。

「※社は旧漢字」

Information

京富

京富

住所:〒616-8125 京都市右京区太秦組石町10−3
参拝時間:11:00〜19:30(L.O19:00)
定休日:水曜日
ホームページ:HPはこちら

TEL:075-865-2230

旧徳力彦之助邸(工房チェリデザイン)

旧徳力彦之助邸(工房チェリデザイン)

住所:〒616-8125 京都市右京区太秦組石町2−2
ギャラリー営業時間:11:00〜17:00
定休日:月曜日
ホームページ:HPはこちら

TEL:075-864-9566

京つけもの もり 太秦本店

京つけもの もり 太秦本店

住所:〒616-8165 京都市右京区太秦桂ヶ原町17大映通り
営業時間:9:00~18:00
定休日:元旦のみ
ホームページ:HPはこちら

TEL:075-872-1515

Cafe Honu

Cafe Honu

住所:京都府京都市右京区太秦組石町3-63
営業時間:[月・水・金] 11:00~17:00 [土・日・祝] 11:00~18:00
定休日:火曜日・木曜日・第2日曜日・第4日曜日
ホームページ:HPはこちら

TEL:075-862-8306

map